分子生物学会で聞いてみた、ふたり組リケジョの研究内容と就職事情 in 第41回日本分子生物学会年会
第41回日本分子生物学会年会に来場したSさんとKさんは、同じ
最新情報
学生起業家という言葉に憧れがあったり、自分で事業を起こしてみることに興味があったり。けれど、やり方がわからないし、将来が不安だから、なんとなく「大企業」を目指す。そんな自分に、もやもやを感じていませんか?
「もともと『働きたくない』と思って、進学した。就職するなら大企業に行きたかった」
東京工業大学の在学中に起業した高野慎太郎さんは、高専から大学への編入当時に、そんな風に考えていたそうです。
スタートアップを選択した背景にはどんな思いがあったのでしょう。Lab’in New 編集部が、23歳の起業家にお話を伺いました。—高野さんは21歳のときに「株式会社Makership(メーカーシップ)を設立。もともと、起業に興味があったのでしょうか?
いいえ、僕の場合「起業したい」という思いが強かったわけではありません。ただ僕は、小さい頃からずっとモノづくりが大好きでした。
—小さい頃のモノづくりというと、具体的にはどんなことでしょうか?
例えば、電子工作をしたりだとか、絵を描いたりだとか。工作系がずっと大好き。一方で運動は全然ダメでした。
—作ることが好きになったきっかけのようなことはありましたか?
4歳か5歳くらいのときに、動く自動車のプラモデルをもらいました。そこから、モーターや電子、回路などにすごく興味を持つようになりました。あとは、「歯車」が大好きで(笑)。外に遊びに出かけては、農作業をしている農機具の歯車をじっとながめてなかなか家に帰って来ず、親が心配して探しにきたという経験も何度かあります。
その頃、学校の図書館に工作の本があったんですね。全部読んで、作れそうなものを片っ端から作りました。作ったものは学校に持って行き友達や先生に見せていました。今でもよく覚えているのが、4年生の時に「電動消しゴム」を作ったときのことです。モーターの先に消しゴムをつけて、電池でぐるぐる回り、消せるというものだったのですが、学校で見せたらとても好評で、先生にも褒められました。そこで、今後は設計図を書いて持っていき、配ったんです。
—設計図を!? 小学4年生の男の子がですよね?
そうなんです(笑)。そうしたら翌日、設計図通り作ってきてくれた子がいて、それがめちゃくちゃ嬉しかった。
—いま、プログラミングの界隈では「オープンソース」(プログラムを公開し、バグ修正や改良などを全世界の開発者に任せられる方式)の開発が盛んになっていますけれど、その走りのようなことをされていたんですね。あるいは、論文に対する追跡実験を期待するような。
中学のときには紙や発泡スチロールで「パイプオルガン」をつくりました。パイプオルガンってメカニカルな楽器で、送風機があって管があって、リコーダーと同じ仕組みで音が出る。「これなら自分でも作れるな」と思って取り組み、実際に1オクターブ半くらいの音が出るオルガンを完成させました。市の夏休みの工作コンテストで金賞だったのですが、今も思い出に残っています。
—ものの構造をイメージして分解し、自分で作る。さらに、自分以外のだれかが作れるように設計図を作成する…。小学生にして、モノづくりを色んな角度から捉えていたのですね。
僕は普段、綺麗好きな方なのですが、一旦何かを作り始めるとそれしか見えない。ご飯を食べることも忘れてしまったり、あまり寝なくなったりしていました。
—中学卒業後の話を聞かせてください。
僕は親の友人の勧めで群馬高専に進学しました。電気電子工学科で5年。卒業すると準学士がもらえる過程です。高専では、「どうしてその部品がそうなのか」などの理論を学びました。興味深かったのを覚えています。
—その後東京工業大に編入をされたのですね。
はい。ただ、「もっと勉強したくて」ではなく、「ずっと学生でいたいと思って」というのが理由です。単純に社会に出るのが面倒臭くて、あまり働きたくないと思っていて(笑)。大学に行って、なんとなく大きめの企業に入って、というざっくりしたイメージを持っていました。
—と、言いながら、21歳、在学時に起業をされていますね。
東京に出てきて、色々な感覚が変わりました。「人生が変わった」と言ってもいいのかもしれません。
大学には、自分の興味のある分野の研究を支援する留学制度がありました。僕は当時、Intelに就職したいと考えていたこともあり、制度を利用して、シリコンバレーに行きました。そこでIntelやGoogleなど、有名企業を訪問。また、サンフランシスコ市内で数人のOBにも会いました。現地で働くOBは、起業をしていたり、エンジニアとして数千万の年収を得ていたり、自分のイメージを超える人ばかり。はじめのうちは「ラッキーな人がこうなれるんだな」と他人事のように考えているほどでした。
しかし、一旦「起業」という選択肢があることを知ると、妙に気になり出すんです。ちょうどそのとき、14 歳の子が起業した話をテレビで観ました。これをきっかけに、起業に対する考えが変わり、ハードルが下がりました。
—どう変わったのでしょう?
起業って特別な人だけができるものではなく、大事なのは、必要なモノや人から喜ばれるモノをつくることなんですよね。実際には書類手続きがとにかく大変で、部屋全体が埋まるくらいの書類に囲まれて生活していた時期もありましたが…(笑)。
—それから、起業までの経緯を教えてください。
「スタートアップウィークエンド」という、3日間でビジネスを作ってプレゼンするというプログラムに参加をしました。そこで起業家や投資家など“大人”にたくさん出会いました。これをきっかけに、より「起業」に意識が向くようになります。とはいえ、すぐに何をしたわけではなく、就活と並行して起業イベントに出かけていました。
とある起業イベントで、「こういうものをつくったらどうか」と先輩に話してみたところ、「同じようなことをやっている会社がある」と教えていただきました。僕は興味を持ち、帰ってすぐ「インターンさせてください」と熱い想いを込めた長文メールを送りました。今読むと恥ずかしくなるような内容なんですが…(笑)。
社長に快諾いただき、2016年1月からインターンを始めます。僕はそこで名刺の渡し方からブランディング、売れるモノづくりの手法まで全て教えていただいたと思っています。「こういうものをつくってはどうか」とプロダクトを見せてはダメ出しされ、自分の浅はかさを知りました。特に、僕にはモノづくりをする前に、それが売れるかどうかの検証がすっぽり抜けていました(笑)。「そもそも自分が思いついたデバイスがまだこの世にないものなのかどうか」に始まり、「何が、どういう理由で必要とされているのか」「どういうものを消費者は欲しいと思うのか」というマーケティングの考え方を身につけられたと思っています。
—そこから同年9月に起業をされていますね。
インターンしながらも、「起業」をしたい気持ちが強まっていき、実行に移しました。実は、起業時には事業計画も何もなかったんです。起業のための資金は家族から借りたものです。
—そこから、どのように事業内容を決めて行ったのでしょう? 例えばMakershipの事業として「アーティストのモノづくり支援」がありますが、どういったところから着想されたのでしょうか。
これは人との出会いがきっかけで生まれた事業ですね。 東工大の職員だった方が最初のお客様です。職員をしながら、アーティストをしているという方と出会う機会がありました。 アーティストさんの中にはハードウェアには詳しくない方も多く、「こんなものを作りたい」という熱意に対する解決策として回路やLEDの話なんかをすると、目をキラキラさせて聞いてくれます。 そんな経験もあり、ハードウェアに詳しくない方のモノづくりを助けたい、と思うようになりました。
回路やモーターというのは、自分の専門分野で大好きな部分です。縁があって、お客様にとある特殊な機械をつくって欲しいと頼まれたことが始まりでした。
もともと自分も絵を描くことやデザインが好きだったこともあり「お金にならなくてもいいから、アーティストさんのモノづくりのお手伝いをしたい」と思ったことが、事業の始まりですね。それが結果的に収益につながり、家族から借りたお金も返済することが出来ました。
—会社設立からまもなく3年。起業に必要な能力についてどう考えますか?
まず大事なことは「自分をよく知る」ことですね。これは、失敗して初めて向き合うものかもしれませんが、自分の苦手分野や、他者にどう思われているかなど、自分の本質を知っておくことが大切だと思います。
自分の能力を過信していたことで誰かに迷惑をかけたり、自分の描いた戦略と自分の性格がマッチせず、あれこれやろうとしてもできなかったり。そういう経験が重なると自己嫌悪が加速します。実際、僕も「うつ」のような状態を経験し、何もやる気が起きない時期がありました。自分の性格と正反対の方向には進めないということだと思います
もう一つが「行動する」ということ。イベントに参加してたくさんの人に会い、自分の興味や得意とは違った分野の話でも聞いて吸収したり、人と縁を結んでおくことが大事だと思います。僕はこの辺が行きすぎてしまって少し苦労した経験もあります(笑)
—なるほど。事業の継続、という点ではいかがでしょうか?
「何をするか」も大事ですが、「誰とするか」が僕はとても大事だと思います。信頼できる仲間とであれば、なんでも楽しくやっていくことができますから。 僕は起業する年に偶然出会った友達を、半年かけて口説きました(笑)。能力というよりは、直感でこの人となら気が合いそう!と思ったのが1番の理由でしたよ。 もう一つ継続に大事なのは、オリジナリティを追求していく姿勢ですね。まだ世の中にないもので勝負を続けていく必要があると思います。
近頃、続けることが一番の価値だと感じています。特にスタートアップは短命で終わる印象が付きまとう。僕はモノづくりをライフワークとして一生続けたいと考えています。だから会社も死ぬまで続けたい。続けることは、信用にも繋がりますしね。
—起業したいという人に、アドバイスはありますか?
よく相談を受けますが、自分をよく知り、行動してください。きっと本当にその時がくれば、「したい」と誰かに話す前に「している」状態になると思います。 スタートアップでのインターンはとてもおすすめです。基本的になんでもやらせてもらえます。そうしてなんでもやっているうちに、自分にとって何が得意なのかが見えてくるものかと。やっぱり何事も、やってみないとわかりませんから。
—おすすめの本はありますか?
『イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」』(安宅和人著)をぜひ読んでみてください。これはインターン先の会社の社長さんがくださった本です。世の中に「起業の仕方」という本はたくさんありますが、こちらは考え方にフォーカスした本です。物事のシンプルな本質を考えさせてくれます。『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』(ピーター・ティール, ブレイク・マスターズ著)もいいですよ。起業は楽しいぞ、ということを感じさせてくれます。
—ありがとうございます。最後に、高野さんが思い描く「今後の取り組み」について教えてください。
より多くのアーティストの作品作りに携わって行きたいです。大きい会社、というよりも、少数精鋭でやっていき、知る人ぞ知る強い会社を作っていきたいと考えています。将来的には、自社製品としてアートと家電を組み合わせた、既存の家電にとらわれないような家電を生み出したいですね。例えば、花のかたちのエアコンや、透明なパソコン、浮いている照明など。もう一つは、教育の分野で、モノづくりをしたいと思っているすべての人がモノづくりをできる社会の仕組み創りにも貢献していきたいですね。
高野慎太郎
1994年9月12日生まれ、23歳。 埼玉県深谷市出身。群馬高専、東京工業大学電気電子工学科卒業。在学時にハードウェア受託開発、開発支援を主な事業とする「Makership」を設立。また、アーティストの創作支援にも力を入れている。趣味はモノづくりとピアノ。
おすすめの記事