NEW ENTRY

最新情報

連載 西村尚子の生命科学探訪⑤
DNAやRNAを切らずに「特定の一つの塩基」を他の塩基に書き換える!

コラム, テクノロジー

アデノシンデアミナーゼゲノム編集

今回は、DNAやRNAを切断することなく「特定の一つの塩基」を書き換える「一塩基編集」についてご紹介します。前回述べたCRISPR /Cas9によるゲノム編集は、DNA二重鎖の切断を伴います。これを「メスによる開腹手術」にたとえるなら、一塩基編集は「内視鏡や腹腔鏡下で行う患者への負担が少ない手術」といえます。

まず可能になったのは、DNAのシトシン(C)とグアニン(G)の塩基対を、チミン(T)とアデニン(A)の塩基対に書き換えるというものでした。たとえば、ハーバード大学のチームは、天然のシチジンデアミナーゼ(シチジン基を脱アミノ化する酵素)を「不活性化させたCas9とガイド役のRNA」につなげて細胞に導入する手法を開発しました。

Cは脱アミノ化されると、ウラシル(U)という別の塩基になります。UはAと対をなす性質をもつため、対が成立せずミスマッチ状態になります。このようなミスマッチは正常な細胞でもしばしばおきるため、細胞にはミスマッチを修復する機構が備わっています。このしくみ巧妙に利用し、CG塩基対がTA塩基対に書き換えられるようにしたのです。

さらに同チームは昨年、誰も成功していなかった逆向き、つまり「TA塩基対をCG塩基対に書き換える手法」も開発しました。成功しなかった理由は、シチジンデアミナーゼと逆の作用をもつ(つまり、TをCに変換させるような)天然の酵素がみつからないことにありました。

そこで彼らは、細菌由来のアデノシンデアミナーゼ(アデノシンを脱アミノ化する酵素)という別の酵素が使えないか検討することにました。苦労を重ね、細菌を7世代にわたって人工的に進化させるといったことで、「Aを脱アミノ化してイノシン(I)に変換する酵素(アデニン塩基エディター:ABE7.100)を作ることに成功しました。細胞内のタンパク質合成装置はIをGと読んでしまうため、「ねらった部位のA」をIに変換したうえでミスマッチ修復機構を誘導し、反対側のDNA鎖の対をなすべき部位にCが挿入されるようにしたのです。

ほぼ同じ頃、マサチューセッツ工科大学のチームは、RNAにおいても、切断を伴わない一塩基編集が可能であることを示しました。彼らは、ハーバード大学のチームとは異なるアデノシンデアミナーゼを利用することで、RNAのねらったAをIに変化させました。DNA同様に、Iはタンパク質合成装置にGと読み取られるので、結果としてAはGに書き換えられたのと同じことになるというのです。

ゲノムのどこかで、「ある一つの塩基」が別の塩基に置き換わる、欠落するといった異常を点変異といいます。点変異は突然変異のなかで最も頻度が高く、ごくありふれたものです。遺伝情報として使われない領域でおきる分には何の影響もありませんが、遺伝子の点変異は指定するアミノ酸や遺伝子のはたらき方を変え、がんや遺伝子疾患(よく知られるのは、鎌状赤血球貧血症)を引き起こすことがあります。

「ゲノム変異が引き起こす病気の半分以上が、点変異による」との報告もありますので、一塩基編集が病気の治療につながれば多くの人が救われるでしょう。DNAでもRNAでも、一塩基編集を施す際に「ねらった塩基以外に変異がおよぶオフターゲット作用」は極めて少ないとされ、この点も医療応用が期待される理由になっています。安全性や使い勝手の面から「RNA一塩基編集が現実的ではないか」との声もありますが、RNA一塩基編集の効果は一時的なものなので、繰り返し行う必要があります。

期待が高まりつつあるものの、一塩基編集の成功率はDNAで約50%、RNAでは高くても数十%と、まだ治療にもち込めるレベルではありません。成功率を高める鍵は、人工酵素や酵素活性を高める技術の開発にありそうですので、発酵醸造学やタンパク質研究において長い伝統と豊富な知見をもつ日本にも、参入のチャンスが大いにあるといえそうです。

 

西村尚子
サイエンスライター

おすすめの記事