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連載 西村尚子の生命科学探訪①
本庶 佑博士のもう一つの偉業、「多様な抗体を生み出すクラススイッチ」の解明とは

コラム, テクノロジー

クラススイッチノーベル賞

日本時間の12月11日、スウェーデンのストックホルムでノーベル医学生理学賞の授賞式が執り行われました。報道されているように、本庶博士は、がん細胞を攻撃する免疫細胞にブレーキをかけるタンパク質「PD-1」を発見し、それが新たながん免疫治療薬(免疫チェックポイント阻害剤のオプジーボ)の開発に結びついたことが評価されたわけですが、実はもう一つ大きな業績を残しています。リンパ球のB細胞が多様な抗体を作り出すしくみ(クラススイッチ)についての研究成果です。この研究こそ、「免疫学に分子生物学の手法を取り入れる」という本庶博士の研究スタイルを確立したものといえます。

 

利根川博士と競った米国留学時代

私たちの体には、外来侵入物(抗原)を排除する免疫のしくみが備わっています。抗原には、細菌、ウイルス、花粉などのアレルギー物質などがありますが、その種類は、細かく分けると天文学的数字に上ります。ところが、B細胞はその全てに対し、それぞれに特異的な抗体(免疫グロブリン)を作り出し、抗原に結合させることで毒性を発揮できないようにします。

ここで、免疫グロブリンについて簡単に説明しましょう。免疫グロブリンの分子は糖とタンパク質からなり、2本の長い鎖(H鎖)と2本の短い鎖(L鎖)が組み合わさったY字の形をしています。ヒトでは、分子量とターゲットとする抗原の種類により5種(IgA,IgD,IgE,IgG,IgM)に分けられ、全体の約8割が、ウイルス・細菌・毒素などにはたらくIgGだとされています。

免疫グロブリンの種類は、数千万から数億というオーダーで存在すると考えられています。限られた数の免疫グロブリン遺伝子から、いったいどのようにしてこのような多様な抗体が作られるのでしょうか? しかも、どのような人工的な化合物に対しても、体内できちんと抗体が作られます。

そのしくみを解明したのは、若いうちに米国に渡った利根川 進博士でした。1975年頃に、「後天的に、Y字をした免疫グロブリンの先端部分(可変領域)を作り出す遺伝子の一部が組み換わることで、多様性が作り出されること(遺伝子再構成)」を明らかにしたのです。利根川博士には、1987年にノーベル医学生理学賞が授与されています。

実は同じ頃、本庶博士も米国に留学中で、同じように抗体の多様性についての研究をしていました。ただし、対象にしていたのは可変領域ではなく、定常領域とよばれる部分でした。結局、カギは可変領域にあり、遺伝子再構成の実験的な証拠を手に入れた利根川博士の勝利で決着がつきました。当時は世界中で10ものグループがしのぎを削っており、本庶博士も熾烈な競争に負けた一人だったわけですが、この経験が糧になり、帰国後に本領を発揮することになります。

 

日本でクラススイッチ研究を開始

新たに試みたのは、H鎖を対象にした「5種類の免疫グロブリンが作り出されるしくみ」の解明でした。B細胞は、まずIgMを作り、その後でIgGやIgEなどの異なるクラスを作り出します。IgMはさまざまな抗原に対し、侵入の最初期にオールマイティーに機能します。その後で、IgMで駆逐できなかった抗原に対する別クラスの免疫グロブリンを作り出す方が、はじめから5種類作るよりもコストも時間も節約できるからだと考えられます。ただし、どのような遺伝子や因子がはたらいて、時間差で作り分けられるのかは謎に包まれていました。

本庶博士は、マウスの骨髄腫細胞を使ってH鎖の定常領域にある遺伝子を調べ、IgAやIgGなどのクラスごとに異なる種類のDNA欠失がみられることを突き止めました。そして、1978年に「定常領域はH鎖の遺伝子の一部を欠失させることでクラスを変化させているのではないか」とするクラススイッチモデルを提唱しました。ところが、ここから苦労が続きます。培養したB細胞を使って遺伝子操作し、人工的にクラススイッチさせようとしたのですが、20年もの間、そのような例がみつからなかったのです。

1999年になり、ようやくAIDという遺伝子を破壊すると、そのようなB細胞はIgMしか作り出せずにクラススイッチがおきなくなることを突き止めました。AID(Activation –Induced cytidine Deaminase)は、DNAの特定の化学基からアミノ基を取り除く酵素です。ただし、この遺伝子の機能がわかってきたのは、最近になってからです。AIDには、遺伝子のDNA切断を誘導することで、DNAから作られるmRNA(メッセンジャーRNA)を部分的に改変する(編集する)機能があったのです。

クラススイッチに関わる因子については、IgMを作り出すB細胞に「ヘルパーT細胞(リンパ球の一つ)が分泌する生理活性物質(サイトカイン)」が作用すると、遺伝子の一部で組み換えがおきて異クラスの免疫グロブリンが作られるようになることを明らかにしました。このようなサイトカインは、IL(インターロイキン)-4、IL-5、INF(インターフェロン)-γなど5種類あり、IL-4が分泌されるとIgGやIgEが、IL-5が分泌されるとIgAが作られるといった具合に制御されていました。

奇しくも2018年は、本庶博士がクラススイッチの分子メカニズムを提唱して40年目の節目でした。その間に、オプジーボにつながるPD-1を発見し、その動態や機能も明らかにしたことになります。

西村尚子(サイエンスライター)

 

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