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世界1 意地悪な日本人

以前「週刊現代」に掲載された記事でこんなものがありました。

日本人は「世界一礼儀正しい」が「世界一イジワル」だった…「自分の利益より他人の不幸を優先する度合い」を測る実験で「日本人ダントツ」の衝撃結果

 ネット上の誹謗中傷が異常なまでに盛り上がり、他者を自殺に追い込む国は日本の他に類を見ません。日本社会はなぜ悪意に満ちているのか。その根源を探ると日本人のもう一つの素顔が浮かび上がった。・・・と。

 日本人は世界一礼儀正しい民族として世界的な評価を得ています。スポーツの国際大会などで日本人観戦客がゴミ拾い活動をする様子が世界中で放送されるたび、誇らしい気持ちになる人も多いことでしょう。

 一方で、「日本人は世界一意地悪だ」とも言われています。女子プロレスラーの木村花さんや、タレントのryuchellさんに対し、SNS上で罵詈雑言を浴びせ続け、自殺にまで追い込んだ事件はメディアでも取りざたされ、社会問題化しています。

 なんと、日本人が意地悪であるということを、大阪大学社会経済研究所はあるゲームを用いて科学的に証明したのです。そのゲームのルールは次の通り。

 ペアになり、双方で10ドルずつ所持し、それぞれカネを出し合う。出した金額の1.5倍を互いに等しく受け取ることができる。例えば、双方が10ドルずつ出し合えば、最終的に手元に残る金額はともに30ドル。片方が0ドルで、もう片方が10ドルならば、前者が25ドル、後者が15ドルとなる。ともに1ドルも出さなければ、双方の手元に10ドルが残るだけです。

 このゲームを行った京都先端科学大学特任教授の西條辰義氏が解説しています。

 「このゲームでは相手がどの金額を出しても、自分は10ドル出すことがベストな戦略になります。出した金額の1.5倍は確実に返ってくるからです。しかし、10ドルよりも少ないおカネを出すことで、自分のもらうおカネが減るものの、相手よりも多くのカネを得ようとしたのです。この結果に驚きました」

 つまり、学生たちは自分が損してでも相手より優位に立つことを選んだのです。西條氏は続いて、同じようなゲームを日本の筑波大学と都立大学、アメリカの南カリフォルニア大学とパーデュー大学で行い、異なる文化圏でどのような変化が出るかを調査しました。

 今回は金額を出す前にまず投資への参加、不参加を選び、それを表明するというルールも追加しました。この結果、相手が不参加で、自分が参加となった場合、自分の拠出する金額を抑えることで、想定の相手の取り分を半分以下にまで減らす行動を取ったのです。つまり、損を承知で相手のタダ乗りに制裁を加えていくのです。

 ゲームの経過や利得に関する具体的な数値は煩雑なため省略しますが、このゲームで日本人のほうがアメリカ人に比べて明らかに意地悪な行動を選びやすいということが分かりました。自分だけ参加を表明したとき、ほかの不参加者の利益を下げるため投資額を下げる選択をした人の割合は、南カリフォルニア大学では12%なのに対し、筑波大学では63%。都立大学とパーデュー大学の比較でも同じ傾向が見られたといいます。西條氏が続けます。

 「日本人は自分がもっとも得をするようには行動せず、自分が得をすることよりも、相手のタダ乗りを許さずに、少しでも相手の足を引っ張ろうとする傾向があります。こうした経験をしてしまうと、タダ乗りを狙っていた人も次回からは参加せざるを得なくなる。したがって、日本の社会では、みんなが仲良く協力的に事に当たっているのではなく、協力しないと罰を受けると分かっているから協力せざるを得ない社会だということが示唆されます」

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悪意は理性を超越する

人類史における悪意の起源はギリシア神話にまで遡るとされます。トロイア戦争の英雄アキレスは、ギリシア軍総大将アガメムノーンに自分の奴隷を奪われた腹いせに、同じギリシア軍でありながら、アガメムノーンへの協力を拒んだ。しかしその結果、戦況が傾き、アキレスは戦争に参加していた親友のパトロクロスを失います。

ユダヤ人に古くから伝わる民間伝承にも悪意の起源を見ることができます。魔法使いがある男に「願いごとを一つ叶える」と持ちかけます。ただし、条件として「あなたの大嫌いな隣人にはその倍の願いごとを叶える」と言う。そこで彼は「片方の目を盲目にしてほしい」と願ったのです。

2つの物語に共通しているのは、悪意は相手に害を与えると同時に、その過程で自分にも害が及ぶリスクがある行動であるということ。かのアリストテレスが定義したように、悪意とは「自分が得するためではなく、相手が得しないように邪魔すること」なのです。

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人間の悪意を理解するために、もう一つゲームを紹介されています。それは「最後通牒ゲーム」。別々の部屋にいる相手とペアでプレイし、10ドルを与えられ、まず片方が2人の分け前を決める。もう片方は提案を受け入れるかどうかを選ぶ。提案を受け入れれば2人とも決めた額のおカネがもらえ、受け入れなければ2人とも何ももらえない。

多くの経済学者は、何もせずにカネをもらえるから、どんな提案でも受け入れるのが合理的であると思っていたが、結果は違いました。最後通牒ゲームは世界各地で行われたが、2ドル以下の提案を拒否する人が、約半数にのぼることが実証されました。

自分が2ドルしかもらえないのに、相手が8ドルをもらうのは不公平であると感じ、相手への報復として、損を承知で双方とも1ドルも受け取れないようにしたわけです。

二種類の悪意

「悪意で提案を拒否した(罰を与えた)人には2種類いる」と語るのは、ダブリン大学トリニティ・カレッジのサイモン・マッカーシー=ジョーンズ准教授。『悪意の科学 意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?』の著者で、心理学の世界的権威です。

「一つは平等主義によるもので、不公平に対する怒りや正義を振りかざす快楽などの感情によって引き起こされたもの。これを『反支配的悪意』と呼び、彼らは提案者になった時には5:5の公平な提案をします。

もう一方は、人より優位でありたい、得したいという『支配的悪意』を持つ人で、提案側に回った際は不公平な提案をすることが分かっています」

支配的悪意を持つ人は、他人より優位に立ちたいがゆえに努力を惜しまない。その結果、社会の競争を促して科学的な発明や発見が生まれました。反支配的悪意も、非協力的な行動のツケが罰となって帰ってくることを人々に認識させ、結果的に社会全体が平等へと向かっていくという側面があります。

ジョーンズ氏はこうした悪意の有用性をある程度評価しています。しかし、悪意と罰の関係に着目すると厄介な問題が浮かび上がっていきます。

「悪意は決して非協力的な人を是正するためではなく、相手を陥れ、自分を押し上げて相対的優位を獲得するために進化してきた。悪意ある罰により、公平性が推進されたことはあくまで副産物なのです。それを人間は上手く利用してきた。しかし、いつしか人間は罰を与えること自体が美徳であると思い込んでいると私は考えています」

「不安遺伝子」が悪意に

日本人は社会を維持するために悪意ある行動や意地悪な考え方を培ってきました。前近代の村社会において最大の正義は「共同体の維持」。手を取り合わなければ生きていけないからこそ、秩序を乱すものには罰を下してきたし、はじき出されれば生きていけない。とすると、日本人の礼儀正しさや親切さは社会から村八分にあわないための同調圧力に起因するものであると言えるのではないかと。

「人間の脳は社会の規律を乱す人を罰することを奨励するようにできています。実際、人を罰するとき、脳内ではコカイン中毒者と同じような反応を示すことが分かっています。この状態のことを『正義中毒』と呼びます。同時に脳が罰の対象者を人間以下の存在であると錯覚させる『知覚的非人間化』を行い、人間をより悪意ある行動、罰へと向かわせるのです」(ジョーンズ氏)

そして、日本人はこの『正義中毒』に陥りやすいことが医学的にも分かっています。日本人は「不安遺伝子」と呼ばれるセロトニントランスポーターSS型を持つ人の比率が、他の国に比べて圧倒的に高いのです。早稲田大学スポーツ科学学術院教授で、精神科医の西多昌規氏が解説しています。

他人の不幸は「薬物の味」

「セロトニントランスポーターとは、精神の安定に作用する神経伝達物質、セロトニンの濃度調節を行っているタンパク質です。セロトニントランスポーターの少ない人はセロトニン不足に陥りやすく、抑うつや、満足感を得られず不安行動をとるといった症状に結び付く傾向があります。セロトニントランスポーターを持つ数が最も少ない遺伝子はSS型と呼ばれ、日本人は国際的にも高い割合でSS型だとされています。

SS型は不安を感じやすいだけではなく、他人に対して言葉による攻撃をしやすい傾向にあることも分かっています。つまり、遺伝子的にも日本人は他人に与える罰が過激になりやすいと言えるのです」

そして、この日本人の悪意を暴走させるのが、ツイッター(現X)やフェイスブックなどのSNSである。近年の著名人への誹謗中傷、炎上騒ぎはほとんどすべてがSNSを舞台に行われていると言っていいのでしょう。

「SNSの大きな特徴の一つに発信者の匿名性があります。基本的に発信者を特定するのが難しく、報復を受ける恐れが少ないことで誹謗中傷が過激になりやすくなります。また、視覚的匿名性も担保されています。これは相手が見えないということです。日常的なコミュニケーションでは、相手の表情や言葉による反応があるので攻撃的な言葉は抑制的になる。しかし、SNSでは相手がその場にいないので、心理的に叩きやすくなるのです」(『悪意の心理学』の著書がある心理学者の岡本真一郎氏)

SNSでは自分と似た意見を持つ人とばかり交流することで、自らの意見の正当性が担保されたように感じ、より攻撃的になる。さらに、悪意ある書き込みが散見される状態だと、そのなかで目立ちたいという欲求も助長されてしまいます。

広末を糾弾する人の正体

女優・広末涼子の不倫騒動は日本人の悪意が結集した事例だと言えるだろう。不倫は犯罪ではない。にもかかわらず、まるで犯罪者のごとくワイドショーなどで糾弾し、個人的なラブレターまで何度も読み上げました。

メディアに煽られた結果、SNSでも彼女のラブレターを、悪意を持って寸評する者が多く現れ、異常な盛り上がりを見せました。

岐阜県内の高校生が大手回転寿司チェーン、スシローで迷惑行為を行った事件でも、少なくないユーザーがネットという空間で喝采を得るために、彼の住所や通う高校の特定に精を出すなど私刑を加えることに躍起になりました。

有名人の不倫や未成年者のイタズラが、そこまでの社会的制裁を受けるほどの重罪とは思えませんが、社会の秩序を乱す不道徳的な行動であるため、正義中毒を招きやすいのです。

加えて、罰を加えるためのコストとリスクが圧倒的に低い上に、他のユーザーを巻き込んで、大きな規模で罵詈雑言を浴びせることができます。

「間違いを犯した人間を引きずり下ろそうという行為は、反支配的悪意によるものです。ですが、SNSでは自分より社会的地位の高い人間を傷つけるための書き込みをすると、しばしば『いいね!』などといった形で称賛されます。ネットという空間で正義の執行による快感が肯定され、相対的に自分の地位が上がったように感じられます。つまり、社会的正義を守るという反支配的悪意を装った支配的悪意が働いているのです。ネットで誹謗中傷をする人のモチベーションを突き詰めると、他人の承認を得ることに尽きるでしょう」(前出・ジョーンズ氏)

こうした歪んだ悪意や、そこから生じる正義中毒を防ぐためには、意地悪な行動に見返りを与えないこと。しかし、不特定多数の人々による自由な交流を最大の目的とするSNSでは、それを制限することは難しいのです。

「SNSによるコミュニケーションの方法は、未成熟のまま変化していきます。SNS上での悪意にどう向き合うかは今後も我々につきまとう大きな課題になります」(前出・岡本氏)

悪意は元来、社会を維持し、成長するために進化してきた有用なものなんだとか。ネット社会において、暴走する悪意とどう向き合うべきか。日本人は今、真価を試されていると記事では投げかけられていました。何か、ショックでした・・・。

 

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