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連載 西村尚子の生命科学探訪⑱
細胞どうしを正しく貼り付け、 必要に応じて接着度合いを調節するしくみとは?

コラム, 学会・研究

「つかず離れずの、適度な距離感」は、複雑な現代社会で円滑な人間関係を営むための秘訣といえますが、体を構成する細胞にとっても死活問題です。ヒトでは数百種、30兆個に及ぶとされる細胞は、互いに物質や情報をやり取りしつつ、不要なものが入ってこないためのバリア機構を備えています。細胞の表面にはたくさんの孔(チャネルや受容体)がありますが、可能なかぎり密着して隙間ができないようにまとまっているのです。

細胞どうしの接着(細胞接着)は「生存に不可欠な基本的なしくみ」といえますが、研究成果の医療への応用も期待されています。たとえば、がん細胞は接着が異常になってフラフラと動くようになることが知られており、そのメカニズムの解明は転移抑制などの治療に生かせると考えられます。また、人工的に「細胞を正しく接着させた組織や臓器」を作ることができれば再生医療に使えることから、実用化に向けた研究が急がれています。

細胞接着の研究は、一世紀ほど前に始まったようです。たとえば当時、海綿は細胞を簡単にバラバラにすることができ、異なる種類の海綿の「色のちがう細胞」を混ぜて放っておくと、同じ色の細胞どうしが集まって塊を作ることが見出されました。繊維状の骨格がスポンジになることで有名な海綿ですが、幾何学的な美しい形態と多彩な色をもつためダイバーには人気の生物です。

1950年代に入ると、同様のことが、より高等な生物でも確かめられました。このような現象は、細胞が相手を選別したうえで接着していることを示しており、1980年代以降、その分子解明が進みました。鍵となる解明を果たしたのは、名古屋大学理学部で発生生物学を学び、京都大学で研究を続けていた竹市雅俊氏(現 理化学研究所 生命機能科学研究センター チームリーダー)でした。竹市氏は、イモリの眼の再生や分化の研究を進めていましたが、酵素でバラバラにした水晶体細胞を培養する際に「培養液の成分を少し変えると、細胞が培養皿にくっつくタイミングが変わる」と気づき、研究領域を細胞接着へと大きく変えたとのことです。

何が「細胞の接着剤」として機能するのか。試行錯誤の末に竹市氏がみつけたのは、細胞膜を貫通する「あるタンパク質」でした。このタンパク質はカルシウムイオンが存在すると活性化されて細胞接着を媒介するようになるため、カルシウム(calcium)と接着(adhere)を合わせて「カドヘリン(cadherin)」と名付けられました。

その後、他の研究者もカドヘリン研究に参入することで、構造や機能の解明が飛躍的に進みました。今では、「カドヘリンは、左右のパーツが噛み合って閉じるファスナーのように細胞と細胞を接着させている」、「パーツには微妙に異なる100種以上あり(カドヘリンスーパーファミリーと総称される)、同じ種類のパーツとしか噛み合わないことで相手を選別して接着している」、「同じ細胞でも、発生や分化の過程に応じてカドヘリンの発現パターンや発現量を変化させている」といったことが明らかになっています。

一方で、カドヘリンとは別の接着分子ファミリーがいくつもあり、それぞれがさらに細かく分かれることもわかっています。そのようなファミリーの一つに、隣り合う細胞どうしを強固に結びつけて隙間を埋め、不要なものが入って来ないようにしているクローディンがあります。クローディンは細胞膜上に「鎖のように重なった状態(重合という)」で存在するのですが、やはり、互いにファスナーのように噛み合うことで細胞どうしを結合させています。細胞のまわりをファスナーで囲んだような構造は「タイトジャンクション」とよばれ、これこそがバリア機構の本体であると考えられています。

クローディンはこれまでに27種みつかっており、やはり同種の相手とのみ結合することができます。種類ごとのわずかな違いが「組織や器官ごとに異なるバリア機能」を担っていると考えられますが、立体構造や機能、他の膜タンパク質との相互作用などについては未解明な点も残されています。

今年に入り、二つの研究チームがそれぞれにクローディンについての成果をあげています。一つは、名古屋大学と大阪大学の共同研究チームによるもの。電子顕微鏡を用いてクローディン(クローディン3)の立体構造を調べ、「細胞膜の貫通部分に存在するたった一つのアミノ酸のちがいが、立体構造を大きく変化させることを突き止めたのです。同チームは、「このしくみがタイトジャンクションの接着力を変化させ、多様なバリア形成に寄与している」としています。

もう一つは、先日、自然科学研究機構 生理学研究所の研究チームが報告したものです。こちらのチームは、タイトジャンクションにおいて、JAM-Aというタンパク質が「比較的ゆるいバリア」を作り出していることを突き止めました。そのうえで、タイトジャンクションが「イオンのようなごく小さな物質も通さない強固なバリア」と「小さな物質は通すが、タンパク質のような大きな物質は通さない比較的ゆるいバリア」の組み合わせでできていると結論づけています。どうやら、このしくみに、冒頭で述べた「つかず離れずの、適度な距離感」の一端があるようです。

タイトジャンクションは、外界の異物から皮膚を守るバリア(皮膚バリア)、さまざまな皮膚疾患や炎症性腸疾患、脳の入り口(血液脳関門)で脳内への物質流入を厳しく制限するしくみ、などにも深く関与しています。そのため、タイトジャンクションを人工的に操作し、薬を皮膚から吸収させる、バリア機能を正常化させて病状を改善する、必要な薬が脳に届くようにする、といったことを可能にするための技術開発も模索されはじめています。

サイエンスライター
西村尚子

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